200/9/1

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art drops インタビュー 2009 vol.1

成田美名子さん/漫画家 ―後編―

■ 花よりも花の如く

2004年、『NATURAL(ナチュラル)』連載中の成田さんのもとに一通の手紙が届く。

送り主は観世流シテ方、観世暁夫氏の妹にあたる観世麻紀さん。その手紙の内容は、能の面(おもて)や装束の虫干しをするから観に来ないかという、誘いの便りだった。

「当時、『NATURAL』の中で、能をまったく知らずに描いた描写が、偶然にも能のしきたりにぴったり合っていて、それを読んだ麻紀さんが『成田さんは能に詳しい方なのだ』と勘違いしてお便りを下さったんです」。

これが縁となり、2005年、『NATURAL』のメインキャラクター榊原西門の兄で、能の研修生・榊原憲人を主人公にした『花よりも花の如く』、『天の響』の2つの短編を発表。2007年からは『花よりも花の如く』の連載を開始した。

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『花よりも花の如く』1巻表紙より (C)成田美名子

主人公の榊原憲人は、幼い頃から能の舞台に立っていたことを除けば、普通の家庭に育ったごくごく普通の若者として描かれている。

「わざとらしく話をつくりこむのが苦手ということもあって、ストーリーは自分の中にあるもので、極力自然に自然につくるようにしています」。

物語の中で憲人が直面する悩みは、たとえば「苦手な人と付き合うにはどうすればいいのか」といった、誰にでも共通する悩みであることが多い。この普通さが、能という一見近寄りがたい世界をぐっと身近に感じさせてくれる。

「どんな世界に住んでいようが、近親者が亡くなれば悲しいといったように、人の悩みってそんなに違わないと思うんです」。

また、憲人が毎回演じる曲目を自分なりに理解し、丁寧に役柄に向き合っていく姿は、難しいとされる能の曲目へも読者を引き込んでいく。

あるエピソードでは、NY公演で『恋重荷』(※粗筋を末尾に記載)を演じることになった憲人が役作りに悩み、演じきるまでが描かれている。
自分の演じる女御役の心情が理解できないで悩む憲人に、NYで、曲目の内容を彷彿とさせるようないくつかの出来事が起きる。そして、このことが憲人の役柄への理解を助ける。

このように、物語が進むにつれて曲目とストーリーとが見事に重なり合い融合していく様は、見事としかいいようがない。

その印象を成田さんに伝えてみると、
「役者さんって、演じている間は役柄になりきっているので、離婚する役を演じると、実生活でも離婚しちゃうことがあるらしいんですね。この主人公の憲人さんも、割と役に没頭していくタイプの役者さんで、演じる曲目のような状況を自分の周りに呼び込んでいく傾向があるんじゃないかと思います」。あたかも憲人が実在の人物であるかのような答がかえってきた。

では、憲人を描く成田さんは、毎回描く曲目をどのように決めているのだろうか。

「不思議なことに、頼んでもいないのに、時期になると、いろんなところから何かしらの曲目の資料がガンガン集まってくるんです。だから、今回はこの曲目を描けってことなのかな、と。『成田さんは引きがつよい』とは言われますね」。

資料が集まってくるとは言え、能は動きひとつとってもすべてに細かい決まりがあり、何ひとつ適当には描くことができない。連載開始当初の数年は、年間100番近い能の舞台に足を運んだ。

 

■ 人間ってすごい

しかし、取材とはいえ、アメリカまでNBAを観にいったり、年間100番近く能の舞台に足を運んだりと、成田さんの取材に対する姿勢は、誰も真似できないほどに徹底している。それほどまでに取材に力を入れる理由を聞いてみた。

「やっぱり仕事のためではなく、人間ってすごい、人間ってこんなこともできるんだと思いたいからなんです。そのことで元気をもらえるし、周りを見つつ、そんな風に感じさせてくださった方々のことを作品にも反映し、読者にも人間ってすごい、そう思ってもらいたいと思っています」。

そして、
「社会人ですから社会の役に立ちたいし、喜んでくださるから仕事として成り立つものだと思うんです。漫画って、衣食住のように必須不可欠なものでもないし、とっても贅沢なものじゃないですか。せめて読んでいる間だけでも、読者の気持ちの助けになるようなものを描きたいという思いは常にあります」とも。

役に立ちたいという思いは読者のみならず、お世話になった能の世界にも向けられている。

最近では、若手の能役者5名によって立ち上げられた「三聲會(さんせいかい)」の舞台のチラシデザインも手がけている。

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『三聲會』 第5回記念公演 9月22日(火・休)14:00開演 国立能楽堂において
●チケットお問い合わせ 銕仙会内三聲會 Tel:03-3401-2285(平日 10:00〜17:00)
●三聲會ホームページ:http://sanseikai-5.hp.infoseek.co.jp/

わずか17歳でデビューし、3年後にはコミック累計500万部を売り上げる売れっ子漫画家になった。徹底的に取材を行い、思いを込めて描き続けてきた作品は、きっと数多くの人の心を救ってきたに違いない。

物凄い方なのだ。しかし、その凄さとは裏腹に、成田さんはどこまでも自然体だった。
この自然体こそが、心にしみこむ浸透力の高い作品を生み出す源なのかもしれない。

 

■結び

初めて成田さんの作品に出会ったのは高校生の頃。

過酷な運命を背負いながら、運命から逃げ出さずに生き抜いていく双子の兄弟、シヴァとサイファを描いた『CIPHER』。

様々なコンプレックスを抱え、自分に自信がもてない主人公アレックス・レヴァインが様々な人と出会い、経験を重ね、次第に自分を好きになっていく『ALEXANDRITE』。

多感な青春時代、これらの漫画はいつも身近にあって、心を助けてくれた。

今、当たり前すぎて、見過ごしがちな“日本”を、能という切り口で再発見させてくれる。

ご自分の興味にまっしぐらに突進し、その結果として生み出された作品が人の心の役に立つ。なんて尊い方なのだろう。ただただ、眩しかった。


※ 恋重荷 
庭の菊守り老人・山科の荘司が白河院の女御に恋をした。女御は、美しく作った荷を用意させ、これを担って庭を回れたら顔を見せようという約束を伝える。老人は懸命に荷を持ち上げようとするが荷の中身は岩。謀られたと知って恨み死にする。怨霊となった老人だが、やがては恨みを消し、女御の守護神となっていった。
(出典『社団法人能楽協会』HPより)



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成田 美名子(なりた みなこ)

青森県生まれ。1977年、白泉社「花とゆめ」掲載の『一星へどうぞ』でデビュー。
代表作は、『エイリアン通り』『CIPHER』など。
取材に基づく、緻密で繊細な絵に定評がある。
現在、隔月刊誌「メロディ」(偶数月28日発売)で、若き能楽師を主人公とした『花よりも花の如く』
を連載中。

好きな言葉:鉄は熱いうちに打て!

 

■ 成田美名子さん手書き一問一答

ichimon

○オススメの本:「一夢庵風流記」 隆 慶一郎
○好きな店・場所・食べ物:青森 京都府宇治市 道成寺はいいところです。おすすめ!
○大切にしている人・もの:いすぎてかききれません! 今までの歴代の私の猫たちも大切。
○喜怒哀楽のポイント:仕事が終わったお風呂上がりのビールは最高! 歩いたことのない道。知らない土地を見るのが楽しいです。

 

■ 今回の取材場所

茶三昧 omotesando

今回のインタビューで取材場所をご提供いただいたのは、表参道にある茶三昧omotesando様。表参道を一望できるゆったりとした空間で、本格的な中国茶をリーズナブルな価格で楽しむことが出来ます。一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
http://youcha.com/index.php?section=ChaZanMai

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text:金子きよ子、edit:谷屋

 

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