2007/11/15

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art drops 第8回 インタビュー  

11月:鼻=匂い、時代に敏感な感覚 小崎哲哉さん (編集者) ―後編―

■人間の幅が知りたい

小崎さんの活動は、現代美術に限定されず、環境問題や戦争など、この100年間の人間の愚行に焦点をあてたジャーナリズム的写真集『百年の愚行 ONE HUNDRED YEARS OF IDIOCY』や、『デジタル歌舞伎エンサイクロペディア』と幅広い。この貪欲な好奇心はどこからくるのだろうか。

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「百年の愚行 ONE HUNDRED YEARS OF IDIOCY 」
(Think the Earthプロジェクト)

戦争、差別、環境破壊など、人類がこの100年の間に犯して来た数々の愚行を、総計100点の写真を選び、まとめた写真集。編集者は小崎哲哉氏、アートディレクターに佐藤直樹氏、写真は世界有数のフォトエージェント、マグナムとコービスによるもの。また、池澤夏樹、アッパス・キアロスタミ、フリーマン・ダイソン、クロード・レヴィ=ストロース、鄭義(チョン・イー)らがエッセイを寄稿している。

 

「好奇心の理由? 好奇心に理由があるのかな。でも、僕は本当にいろんなことが知りたいなと思うんです。けれども、最終的には人間の幅、限界を知りたいって思いが支えているんだと思いますね。スポーツに例えると、人間ってどれだけ早く走れるかとか、どれだけ高く飛べるか、とかね」。

いろんなことを知りたい、本当のことを知りたいという思いは、まだ新潮社にいた頃、トランスカルチャー雑誌『03』を立ち上げた頃から一貫して変わらない思いだ。

 

■メディアとして「思い」を読者に伝えたい

しかし、一方で、好奇心の中心にはアートがあるようにも見受けられる。
「僕は、映画や文学や現代美術を含むカルチャー全般が好きなんですけど、結局これらは全部都市のものでしょ。別に田舎を貶めて言っているんじゃなくって、人が沢山集まると歪みが出てくると思うんです。僕ら都市に住む人間は病んでいるわけで、その病にあらがうものがアートであり『表現』だと思うんです」。

生粋の東京生まれの東京育ち。自分のいる場所がどういうところか考えるために何かしたい。その何かは、小崎さんの活動の中心でもある季刊バイリンガル雑誌『ART iT』にもつながっていく。

「『ART iT』は、当初『面白い展覧会を見逃すな!』という情報誌という位置付けだったんです。しかし、4年間雑誌を続けてきて思ったことは、今後はもっと長いスパンの潮流、潮の流れみたいなものを考えていける雑誌にしようと思っています。
声高にいろんなことを唱えていこうとは思っていないですが、ただ情報を集めて見せるのではなく何か問題意識や思いを読者に伝えたいと思うんです。全部とは言いませんが、日本の現代美術のある部分が表現していることの社会背景。たとえば、なぜこういう美術が生まれるんだろう。これは日本だけに固有なのか、東アジアに固有なのか、それとも世界中で普遍的なのかということを作品として見せることで、ただ現代美術を見るということに留まらない、もっと広い見方ができるかもしれないと思うんです。社会との関わりとかね」。

今号の『ART iT』に掲載されている作家の対談を取り上げ、さらに続ける。
「もし、僕が思うように都会が病んでいるのであれば、優秀なアーティストであればあるほど、その病を一旦体に引き受けて、内在化してから表現として出していると思うんですよ。
それだけではないけど、僕はそういう作品に興味があるんです。たとえば今号で登場していただいた鬼頭さん(※4)とか、名和さん(※5)のようなね。
作品だけ観るとわからないけど、彼らの話を聞いてみると、この世界の寄る辺なさやあてどなさ、ひきこもりやニート、リストカット、自殺などに象徴されるこの世界を取り巻く不安感みたいなものを一旦体に引き受けて、ただそれを私小説的に垂れ流すのではなく、どうやってポジティブな方向に表現するかっていうことをやっていると感じるんです」。
そういった作家を紙面に取り上げることで、メディアを通して読者に何かしらの思いを発信していきたい。小崎さんが『ART iT』という媒体に込める思いだ。

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「ART iT17号」
(アートイット)

4周年記念号。内容デザインともに大幅なリニューアルが行なわれている。内容面では、アーティストのインタビューや対談が増えている。エルネスト・ネト、小谷元彦、鴻池朋子、名和晃平×鬼頭健吾、東恩納裕一×宇川直宏、マイケル・リン×石上純也……。ロサンゼルスを皮切りに欧米4ヶ所を巡回する『(c)Murakami』展を控えた村上隆インタビューも収録されている。art drops がインタビューに訪れた10月17日に発行された。

 

最後に、ウェブサイトでも同じことはできるのに、なぜ紙にこだわるのか、と尋ねてみた。
「理屈はいろいろつけられるけど、単純に僕は紙が好きなんですよ。インクの匂いも好きだしね」。
いとしそうに発刊されたばかりの『ART iT』をなでる。小崎さんを取り巻く優雅とさえいえるゆるやかな空気がやけに印象に残った。

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■結び

「面白いものを見たい、知りたい」。インタビュー中、幾度か小崎さんが口にした言葉。その言葉どおり、小崎さんは好奇心の赴くまま、鋭い嗅覚を効かせて時代の最先端を走り続けてきた。

常にメディアに関わり、ウェブサイト『REALTOKYO』、季刊雑誌『ART iT』という2つのメディアを立ち上げ、継続して運営し続けるという過程を通じ、小崎さんの中に蓄積された膨大な情報はいつしか内省されていったのではないだろうか。

まるで品のいいラジオ番組を聴いているかのような印象さえ受ける小崎さんの柔らかな声。その言葉にこもる熱のようなもの。それは、この世界の病にあらがいたい。そんな小崎さん自身の想いなのかもしれない。

 

※1:松井今朝子 作家。1953年、京都に生まれ。早稲田大学大学院文学研究科演劇学修士課程修了後、松竹株式会社に入社。歌舞伎の企画・制作に携わる。松竹を退職後は、故・武智鉄二に師事し、フリーで歌舞伎の脚色・演出・評論などを手がける。1997年、『東洲しゃらくさし』で小説家としてデビュー。同年『仲蔵狂乱』(講談社)で第八回時代小説大賞を受賞。その後『非道、行ずべからず』(集英社文庫)、『似せ者』(講談社)がそれぞれ直木賞候補となる。2007年、『吉原手引草』で第137回直木賞受賞。

※2:インターネット・ワールドエキスポ インターネット上で行なわれる仮想のパビリオンをネット上に作って、世界中の人がそれを見て楽しむというもの。

※3:エディトリアル・ディレクター 編集のディレクター

※4:名和晃平 アーティスト 1975年 大阪府生まれ 1998年 京都市立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻卒業

※5:鬼頭健吾 アーティスト 1977年 愛知県生まれ 2001年 名古屋芸術大学絵画科洋画コース卒業、2003 京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻油画卒業

 

 

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小崎哲哉( おざきてつや)


1955年東京生まれ。REALTOKYOおよびART iT発行人兼編集長。89年、都市型文化情報誌『03 TOKYO Calling』の創刊に副編集長として携わり、96年にはインターネットエキスポ日本テーマ館『センソリウム』のエディトリアル・ディレクションを担当する。趣味は料理。 好きな言葉:校了

 

■小崎さんからのお知らせ

1) 2007年11月末ごろまでに、『REALTOKYO』をリニューアルします。

2)2007年11中ごろに、『REALKYOTO』を立ち上げます。

3)2008年1月17日発売の『ART iT』18号の特集は、「浮遊するジェネレーション:進化する日本アートII」(仮題)です。どうぞお楽しみに♪

 

■小崎哲哉さん手書き一問一答

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オススメの本:斎藤 環「生き延びるためのラカン」、好きな場所:東京「トラウマリス」(Bar)、京都「吉田屋料理店」(レストラン)、好きな食べ物・飲み物:お酒と酒の肴、大切にしている人:内緒、大切にしていること:約束を守る人が好きです。

 

text:金子きよ子、edit:谷屋、ドイケイコ photo(小崎さんのお顔画像):ドイケイコ

 

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