2007/9/15

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art drops 第6回 インタビュー  

9月:目=視線、視点 川内倫子さん(写真家)

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『AILA』(2005年/フォイル)

目に見えない大切なものを見つめ、考え、写しだす

2002年、第27回木村伊兵衛写真賞で写真集「うたたね」「花火」が入選して以来、多くのファンを持つ写真家、川内倫子さん。川内さんの写真は、パッと見、おしゃれで癒し系のイマドキ写真のように思われることも少なくない。しかし、強いパワーが煌めく一瞬をとらえ、ぞくっとするほどの生々しさや、どきりとするほどの美しさを感じさせる作品、と表現する方が本当は正しいと思う。そんな作品をつくり出す川内さんの視点はどのようにして生まれたのか。また、どうすれば川内さんのような視点で物事を見ることができるのか。その謎について迫ってみた。


 

■ 空気を敏感に読む幼少期、そして写真との出会い

川内倫子さんは1972年、滋賀県に生まれる。祖父母、祖母の姉、両親、兄、弟、川内さんの8人家族で、4歳まで滋賀にいて、その後、大阪へ引っ越した。

幼少期、身近でアートに関わることをしていた人がいたか尋ねると
「私が生まれる前に亡くなった曾祖父くらいかな。自分の顔をモチーフにして木を彫ったり絵を描いたりしていたそうです。あと、近所のお姉さんが漫画が上手だったくらいかな」。
当時、川内さんも漫画を描くことが好きだったそうだ。しかし、中学生になると、“漫画を描く=暗い”という空気が出て来たため、「本当は好きなんだけどな」と思いつつも、自然と描かなくなる。
また、本と図書館が好きで、週に1度、区民図書館に通っていた。
「図書館の空気感が好きでした。包まれている感じがして。本の周りに居るのが好きでした」。

そして、川内さんの身近にいた人としてもっとも気になるのは、約13年間の家族の思い出を収めた写真集「Cui Cui」(2005年出版)に誰よりも登場していた祖父母である。この2人への思い入れはとくに強かったのだろうか。

「いや、そういうわけではありません。寿命でいうと順等にこの2人が先に亡くなるから実家に帰省するたび、“これが最後かも”と思って撮っていたんです。ただ、私はおじいちゃんっ子でしたよ。どんな大変なことがあっても愚痴も言わず、とても優しく、人として尊敬できる人でした。そんな姿を見れたことは自分にとって良かったと思います。逆に祖母は気性が荒く激しい人だったんですが(笑)。そんな2人が夫婦であることが面白いと思いました」。

幼少期の川内さんは目に見えない“空気”を自然と読みとることができたのではないだろうか。誰から言われた訳でもなく、祖父の尊敬できる人柄について敏感に感じることができたのも、そのためではないかという気がした。

その後、成安女子短期大学へ進学し、写真と出会う。グラフィックデザイン先攻だったため写真の授業は週に1度のみだったが、強い興味を持つようになった。そして、学校卒業後は自然と写真の道へとすすむ。大阪で1年、22歳で上京してから、さらに東京で2年弱、制作会社やレンタルスタジオで写真の技術を身につけながら働いた。


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『Cui Cui』(2005年/フォイル)
『Cui Cui』より (C) Rinko Kawauchi
『Cui Cui』より (C) Rinko Kawauchi

 

■ 自分の視点が認められた瞬間

1997年、東京のスタジオで働いていた時、1つめのターニングポイントが訪れる。
第9回ひとつぼ展の写真部門でグランプリを受賞したことだ。その時、審査員でもあったアートディレクターの浅葉克己氏からカメラマンとして初めての仕事をもらった。
「祭りを撮るシリーズだったのですが、撮り直しがきかないこともあり、とても緊張しましたが、浅葉さんとの仕事はすごく勉強になりました」。

2つめのターニングポイントは、2002年、第27回木村伊兵衛写真賞を受賞したこと。
「自分が写真家ということを世の中で認知されたのかな、と思えました。自分の世界がやっと認められたようにも思えて嬉しかったです」。
自分の見ている世界が認められた時期、写真集「うたたね」「花火」「花子」が同時に3冊発売される。この出版を手がけたのが、元リトルモア代表で現在はフォイルの代表である、竹井正和氏であった。3冊同時発売というのはめずらしいことだが、これは竹井氏の「その方がインパクトがあっておもろいやんか」という一言で決まった。

それから、川内さんの写真家としての人生が本格的に始まる。
川内さんの作品は国内のみならず海外でも高い評価を受け、2005年にはカルティエ財団美術館に招待されて個展を開催するほどであった。その他にも様々な国に招かれ展覧会を開催し、いまや、時代を代表する写真家の1人、と言っても過言ではないだろう。

同時に仕事として写真を撮る機会も増えた。写真家としての撮影とは全く別の感覚だろうが、川内さんはバランス良くこなしていった。
「毎回現場でいろんな仕事をさせてもらうのですが、それら全部が勉強になりますね」。

写真家としての仕事と依頼された仕事、それぞれの出会いと経験は川内さんの見る世界をどんどん広げ、深め、肥やしていくのだろうと思った。


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『うたたね』(2001年/リトルモア)
『花火』(2001年/リトルモア)
『花子』(2001年/リトルモア)

 

 

■ 日系移民の中に見たパワー

川内さんの一番最近の活動は、2008年の日系移民100周年を記念してブラジルのサンパウロ近代美術館(MAM)と行なった共同プロジェクトである。川内さんは日系移民をテーマに写真を撮影することになった。そのためブラジルへは展示も含めて計4回訪れ、2年弱もの歳月をかけ作品をつくり上げている。

当初の予定と違い、川内さんは、日系社会の人だけでなく、ブラジルで生活する人や動物、大自然など、力強いパワーが感じられるものを写真に収めることにした。
被写体が“ブラジル”に決まったのは、川内さんにとって、ごく自然な流れであったと言う。

「ブラジルにはなかった野菜を、種を蒔くところから始めて育てたなど、その土地でたくましく生き抜いた日系移民たちに、人間としての潜在能力やパワーの凄さを見た気がしました。このことを表現したいと思い、日系社会の人たちだけでなく、パワー溢れるブラジル全体の空気を撮りたいと思ったんです。

だから、この作品はブラジルに対しての自分のドキュメンタリーですね。日系移民というテーマにおいては、ある意味偏っていますが、自分に対して嘘はない作品です」。
テーマについて貪欲に調べ、固まってくる自分のイメージ。それを純粋に追いかけ、見つめ、写真という形にする。

こんな風に、まっすぐ正直につくり上げたものだからこそ、パワーと一瞬の煌めきを感じさせるのだろう。

 

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『種を蒔く/Semear』(2007年/フォイル)

『種を蒔く/Semar』より (C) Rinko Kawauchi

『種を蒔く/Semar』より 

(C) Rinko Kawauchi

 

■ 作品をつくる時の感覚と視点

川内さんの見る世界、つまり写真には、どこか生を尊く感じさせられることが多い。川内さん自身もそう思っているからなのだろうか。

「そうですね。でも、それをあんまり意識したら逆に撮れないんです。水を飲むくらいに自然な感じでないと。なんだか、おしつけがましくなるんですよ。すっと入る感じが良いですね」。極めて当たり前で、とても大切なことだからこそ“水を飲むくらいの自然さ”が丁度良いのかもしれない。
そして「たぶん、そういうものを自分自身が見たいんじゃないでしょうか」とも。この「見たい」という本能的な衝動こそ、制作の源だと言う。それも「漠然と“見たい”と思っているだけではない」と川内さん。

「常にアンテナは張って考えるようにしています。たとえば、テレビを観ているときも、ハッと自分の心に“触れた”気がしたら、今、何に、なぜ、触れたんだろう、と調べます。ネットで検索したり、わからないままにその現場に行ってみたりもします」。

いつも“探してる”感じがあるという川内さんに、探究心の強さと行動力を見た気がした。

 

■ 今の時代を見て、必要だと思うもの

そんな川内さんは、今の時代をどのように見ているのだろう。
「今、変な事件が増えているのも精神的にバランスがとりにくいからだと思います。人間だから、お腹がいっぱいになった後は、新しい考え方を知ったり、精神的に満たされたいと思うんですよ。写真を撮る若い人が増えているのも、自分で考えたい、見たい、という欲求があるからなのでは。アートに触れることによって精神的に満たされ、豊かになりたいのではないでしょうか」。

では、川内さんが好きな作家は、どのような人なのだろう。
「何名かいますが、例えば、岡本太郎さん。岡本太郎美術館にもよく行きますが、作品自体を観たいというよりも、太郎さんが生きていた痕跡、情熱、パワーを感じ、それに触れたいんです。
歌もそう。その人が振り絞ぼってつくったものに打たれます。その時その人たちが何かに対して向かい合った、手抜きをしていないもの、生き様に触れることが好きなんです。
作家の伝記とか読んで、こんなにだらしがない人でも、この作品に対しては手抜きをしてないと分かると、自分もなんか頑張ろうかな、って思えて励みになるんですよ」。
作家の中には自分がつくることにしか興味がないというタイプも多い。しかし、川内さんは違った。作家、いや、パワーを振り絞って表現する人たちに興味があると感じた。そのパワーに触れてしっかりと吸収する。そして、自分のパワーへ転換し、新しい作品をつくる。その作品を、また別の誰かが観てパワーを感じる……。
この目に見えない繋がりはなんて素敵なんだろう。永遠に繋がっていってほしいと願った。


■ 今後について

今後、具体的にどんな活動をイメージしているのだろう。

「具体的に何かやりたい、というのは特にないです。ただ、今よりもっと精神的に高みの方へ行ければ、と思います。花火や家族は撮り続けたいですね。普通に子供とか持てたら良いな、とも思いますよ」。

 

 

■ 結び

川内さんの独特な視点が生み出される要因は、家族の絆、ものごとの本質、生の息吹など、目に見えない大切なものを確実に見て、しっかりと考えているからだと思った。そして、もともとの高い感度に加え、その感覚を意識的に維持して、もっと見よう、心にちょっと触れただけの何かをしっかり見極めようとする好奇心や探究心の強さも大きく影響しているのではないだろうか。

ふと、意識をすれば誰でもこのような視点を持つことができるのでは、と感じた。この視点は、今の時代にとって、もの凄く必要なものである気がした。

 

 

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川内倫子(かわうち りんこ)


1972年、滋賀県生まれ。2002年、『うたたね』、『花火』(共にリトルモア刊)で第27回木村伊兵衛写真賞を受賞。著作に『AILA』、『the eyes, the ears,』、『Cui Cui』(共にフォイル刊)などがある。近刊に『Majun』『種を蒔く/Semear』(フォイル刊)がある。個展・グループ展はパリ、ミラノ、
ロンドン、ニューヨークなど国内外で多数。
9月23日までサンパウロ近代美術館で個展"Semear"を開催中。10月8日まで東京都写真美術館で開催中の「キュレーターズ・チョイス07」 に参加。10月11日よりCohan and Leslie(ニューヨーク)にて新作を展示する個展を開催予定。

 

■川内倫子さん手書き一問一答

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text:ドイケイコ、edit:谷屋
協力:フォイル
2007年9月29日(土)より「FOIL GALLERY」がオープンします! >>詳細

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