2007/10/15

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art drops 第7回 インタビュー  

10月:鼻=匂い、時代に敏感な感覚 アーティスト/井上尚子さん ―後編―

■ワークショップによる人との出会い

作品は観てくれる人、一人一人に自由に感じてもらうもの。一方で、伝えたいメッセージをアクティブに伝える場。それがワークショップであり、現在の井上さんの活動の大きな割合を占めている。
依頼元は、NPOを通じて学校、また企業(スパイラル)や美術館など。特に学校で行う場合、まず先生たちと行って確認してもらい、次に生徒たちと行うため、かなりエネルギーを使うようだ。

かなり大変そうだが、なぜ続けられるのだろうか。

「子供は素直に反応してくれるから」。
子供たちはワークショップを体験すると心を開いてくれるそうだ。
そんな子供たちを見るのが好きだから、どんなに大変でも続けていると言う。

「内気な子は、じっくり話を聞く時間を持つ事で心を開くようになり、活発な子は褒めてあげる事で感性を延ばしていくんですよ」。
子供が好きだから、その特性を活かして良い方向へ導きたいから、ワークショップを続けているのだと思った。

そして、“現代の日本の子供”についても聞いてみた。
「“もしオレンジになったら、あなたはどんな気持になる?”というコンセプトで行うワークショップをする時、『オレンジの気持ちになる前に人の気持ちになることが大切!』ということで、子供達に“人の気持ち”に関わる質問をするのですが、驚くような回答が返ってくるんです。

『もし、隣の人が具合悪いって言ったらどうする?』と聞いた時、『染つるから近寄らない』と言う子供もいるんです。たった1人でも冗談でもなく。。もちろん、『そういう時は、大丈夫?っていうんだよねえ!?』と、ちょっと怒りながら言いますよ。そうしたら、『あ、そっか』って素直に分かってくれるんですが、本当に驚きます」。

最近、親がちょっとしたことで教育委員会に訴えるため先生がなかなか生徒を叱れない、その現実の一端を見たと言う。ただ、親のそういった行為も、愛する子供を守りたい、という思いがあってこそ。
井上さんは、アーティストという立場での一視点として、その現状を確認しながら、学校と親との問題を切実に考えさせられた。

いずれにしても、日本の未来に不安を感じざるえない話である。

 

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井上尚子 「オレンジボックス」ワークショップにて、2005年、原美術館
「自分が、もしオレンジになったどうする?」というテーマのもと、ディスカッションしながらオレンジの箱の作品をつくる。箱はオレンジの写真を貼って、中に綿を入れ、オレンジの匂いをつけるというもの。オレンジにまつわる体験や思い出を巡らせながら個性あふれるオレンジの箱が出来上がる。

 

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井上尚子「The Sand Omusubi Project vol.3 in Enoshima」ワークショップにて、2007年/江ノ島、撮影:中澤徹
“心と心を結びたい”という思いのもと、開催されたワークショップ。特定の誰かのためでなく、過去に生きてきた人や未来の人、あるいは現在の見えない人々のために愛を込めて江ノ島の砂でおむすびをにぎる。にぎるための時間や体力には限界があるため、時間を惜しんで一生懸命にぎり続ける。一生懸命、相手を思って創造する行為こそ、人類を幸せでつなぐのでは。

 

 

■N,Y,研修による、第二のターニングポイント

2005年9月から1年間、井上さんは文化庁在外研修員としてN,Y,へ派遣される。
「海外研修を希望した理由は、もっと違う視点を持っている違う環境や文化の人たちとコラボレーションをしたかったから」。
それまで11年間、日本人の音楽家と作品をつくってきた※1。しかし、新たな展開を望み、昔から切望していた海外留学へ踏み切った。

「向こうの人たちは、異民族というルーツがあり、無意識に自分の人種や文化を背負って作品をつくっている。そのため、彼らと作品をつくるには、互いの文化を尊重しないといけないんです。
そういったことも理由だと思うのですが、作家同士の会話も、日本なら『最近仕事ある?作品つくってる?』というところを、『元気?体調はどお?』など、仕事より本人の精神面に対して気を配る内容なんですよ。そんな彼らとの関係が非常に肌にあいました」。

また、“疑似家族”のような経験もしたと言う。
「たまたまギャラリーのオープニングで知り合った方が『家に遊びにおいで』、と言ってくれたので、時々、伺っていたのですが、なぜかその方の2歳と7歳の子供に混じって遊んでいました。しかも、面倒をみるお姉さんというより、同じ子供同士みたいに。
また、舞台鑑賞に行った際、偶然、隣席だった年配の男性に共通の知人がいると分かって仲良くなり、その後、その方の子供のような体験をさせて頂きました。奥様がオペラ劇場へ勤めていたため、よくその男性と観に行き、舞台が終わると舞台裏に奥様を迎えに行って、3人で一緒に帰路についていたんです。本当に家族のような経験でした」。

今まで心から切望していた家族との暖かい関係を疑似体験することによって、初めて自分の家族を持ちたい、という気持ちを感じるようになっていった。

 

■今後について

井上さんに、将来の夢や今後の活動について聞いてみた。
「だから、今は家族がほしいです。子供が大好きなので子供も欲しいですね(笑)。
いつ、叶うか分かりませんが!(笑)

仕事面では、近々、研究者や芳香剤の会社の方といった「匂い」にまつわるスペシャリストたちとネットワークを組んで行なっているプロジェクト※2を発表します。
私は、いわゆる美術業界にこだわって活動したいとは思っていません。人との出会いやつながりを大切にして、そこから何か新しいことができれば、と思っているんですよ。

あと、まだ漠然としていますが、演出家みたいなこともやってみたいです。人を見る力はあると思うので、その人が持っている能力を引き出す何かをやってみたいですね」。

華奢で小柄な井上さんだが、フットワークの軽さとエネルギーの強さは人並みはずれていた。そんな井上さんだからこそ、すべての夢は叶うのでは、と思わざるをえなかった。

 

■結び

今回、井上さんにインタビューをさせて頂き、本当に人の気持ちを大切にする素晴らしい方だと思った。これは、父親への複雑な思い出が影響しているだろう。しかし、その思いは反面教師となり、現在、井上さんは他者に対して常に温かい心で向き合うことができる素敵な人柄になったのだと思う。そして、このことが良い出会いを引き寄せ、そこから新しい活動が生まれている。

もしかしたら、井上さんのようなアーティストこそ、今の世の中で1番求められているのかもしれない。

 

※1:11年間、柴山拓郎氏と共に制作。2006年夏、新たにアーティストユニット:Air Plugを結成して制作し、福島現代美術ビエンナーレに参加。

※2:下記、におい・かおり専門ネット「においの不思議 −くんくん嗅覚を再発見!体験!」にて発表。

 

 

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井上 尚子(いのうえ ひさこ)


1974年、横浜生まれ。1999年女子美術大学院美術研究科版画専攻修了。2005年文化庁在外研修員として1年ニューヨーク在住。 2006年夏帰国後も国内外で活動を開始。
五感を刺激する空間作品(インスタレーション)を制作し、主に香りの効用から来場者の記憶回想を促す心地よい空間を提供している。また香りを使ったワークショプなども同時展開し、参加者と共に香りと記憶の関係を表現する活動も行っている。
2005年〜2007年迄オレンジボックスと題したワークショップを合計8回(日本で7回、NYで1回)美術館や学校で子供や学生、家族、先生方と幅広い世代を対象に開催。実際のオレンジを食し、過去に食した果実の記憶と自分自身をリンクさせ自己を振り返るワークショップを行っている。2007年にはNYで結成したコラボレーションチーム:SERUで展覧会開催。
好きな言葉:思いやり

>>井上尚子さんの公式サイト >>井上尚子さんのブログ

 

 

■今後の予定
「においの不思議 −くんくん嗅覚を再発見!体験!」
2007年11月24日(土) 
「くんくんウォーク*ワークショップ」10:00〜17:00
犬のようにお台場周辺をくんくんとかぎ回り、香りを散策!
「体験コーナー」13:00〜随時受付け
食べ物の香りををいろいろ体験!
「セミナー」第1回 14:00、第2回 16:00
嗅覚の仕組みを解説。匂いをどのように感じているのかな?など・・
※上記は「サイエンスアゴラ2007」の企画のひとつになります。
詳細はこちら>>

 

■井上尚子さん手書き一問一答

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text:ドイケイコ、edit:金子きよ子、photo(井上さんのお顔画像):金子きよ子

 

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